hito01-2.htm  ゴルフ場建設現場

人格は見た目ではない。 気儘に生きていても家族は養える。 毎日毎日しごかれる仕事より、青空の下は心も体も健やか。

ゴルフ場建設現場

山の飯場

 千葉県鴨川は暖かい所で冬でも霜が降りぬと言う。そして海にせり出した山を越えると其処に香木原と云う小さな村落があり、生徒数十人ほどの香木原小学校がある。

 この辺りの冬の寒さは殊に厳しく、夜の寒さは宇都宮と同じで、房州とはとても想像だに付かない。この寒さは香木原から久留里辺りまでの範囲で、夏は盆地に成って居るので殊のほか暑い。ゴルフ場建設の飯場は山陰にあって、冬の夜はコップの水が底まで凍る氷点下以下にもなる。

 私は夏場に仕事を引き受けたので、房総のこの寒さは知らず、冬になって後悔したがどうにも成らずグズグズと四年も過ごした。

 引き受けた仕事は大型建設機械の修理と保守で有ったが、どうせ飯場に寄宿するのだからと飯場住人の管理監督もしなければ成らぬ羽目になった。

 大型建設機械も機種は多く、私の扱った数機種でも、延べにすれば数万点の部品から構成されている。だが、八百屋のおじさんが数人の客と対応することから比べたら易しい。機械の修理は其れほどの事はないが、飯場の管理監督は多大の心労を強いられた。何しろどこのどいつか分からぬ者を五十人も束ねるのだから、下手をしたら命が幾つ有っても間に合わぬ。

 総勢2百人ほどは居たが、其の中の150人は地元の人で、主に下草刈りや樹木の伐採、土嚢の敷設、基礎敷設、鉄筋工、型枠工など手作業と小型重機を扱う行程を担当していた。

 房州の山地は砂岩なのでダイナマイトは効果が期待できず、仕方なく大型重機で削り取るリッパー工法を採用した。

 使用する機械はブルドーザー・バックホー・スクレパー・ホイルローダー・ダンプカーの5機種で、此処の事業主は工事費を安くする為に鐵屑機械を再生して使用した。

 修理の都合上型式は固定され、ブルドーザーは小松製作所、キャタピラー、バックホーは日立、スクレーパー、ホイルローダー三菱、ダンプは小松製作所などで、最大機種より1ランク下の機種で統一されていて、例えばダンプカーでも積載量50噸で有った。

 それらの機械を操縦できるオペレーターは、日本中捜しても其れほど多くはなく、全国から流れ者を召集した。流れ者とは技術はあるが「くせ者」と云う事だ。此のくせ者50人が現地の飯場に寄宿している。

 私は昼間、修理工5人を使って、現場に設けられた修理工場で鐵屑重機の再生修理を担当していた。自動車整備士2名溶接工2名雑工1名の5人で任に当たったが、重機整備の有資格者は結局私だけで、当てにしていた自動車整備士は何の役にも立たず、全員ド素人と同じだった。

 それと言うのも車両系建設機械は、システムも構造も自動車とは全く違っていて、せっかくの自動車修理工の技術も此処では何の役にも立たない。何しろ重機はエンジンだけでも6トン程はあり、機械自体が重みで安定を得て仕事をするように設計されているので、全重量は推して知るべしである。

 もう一つ、こっちの方が格段に難儀で、飯場に寄宿していたので、ついでにと言われて住人50人の管理をした。あとは毎朝監督が交代で行う訓辞とラジオ体操である。

 此の現場で3年ほどの飯場暮らしをしたが、懇意にした人は一人も居なかったので、人の名前は全く覚えていない。此処に勤務したことで変わったことがある。女房に云わせると、お父さんは恐くなった。



盗難事件

 山の飯場で盗難事件があった。バックホーのオペレーター井上君は北海道の出身で30代後半の所帯持ち。福島空港の工事をしていたがほぼ終わったので、千葉県に来たと云う。

 彼は流れ者にしては温厚そう!?で操縦の腕も良い。彼はドイツ製の4立米(郊外で見かける大型の機種でも0.7立米、市街地では0.1立米ほど)のバックボーを操縦して、山の法面掘削を専門にしていた。彼に掛かると岩盤の岩肌がまるで鉋を掛けたように削り取られ、法角も正確でセンチ単位の仕事をしていた。

 百トン級の巨体が100メートル程の山肌を這いあがり、頂上から切り落としてくる。巨体が法切り現場に到着すると、数m四方の作業台を作る。そこを基点に徐々に削り降りてくるのである。一旦現場に上がったらもう下まで切り落とさない限り機械をおろすことは出来ない。なぜなら斜面に削り落としたズリの上には危険で載れないからだ。

 日糧600リットルの軽油を消費するので、毎朝ポリ缶に分けて100メートル上の燃料タンクまで、人海戦術による燃料運びが行われる。

 彼は妻子を北海道に遺して、毎月の稼ぎを郵便預金に積んで、奥さんがカード使って北海道で引き出すそうだ。給料は毎月現金で本人に渡す。

 丁度当日は豪雨で郵便局に行かれなかった。明くる日行けばよいものを、飲み過ぎて行かれなかった。明後日郵便局へ行こうと荷物を調べたら通帳と現金が無くなっていた。そこまでが彼の話である。

 警察へ盗難届を出しに行きたいが、監督さんに一緒に行って貰わないと警察でまともに取り合って貰えないから、是非一緒に行ってくれと云う。

 二人して千葉県久留里警察へ行った。私が彼から聞いたとおりに事情を話して、其の後彼に対応させ手続きを完了した。

 分かった直ぐ行く!と返事をしたが、その日の午後も明くる日も其の明くる日も一向に来ない。私は彼にセッカレて久留里警察に行った。直ぐに来てくれないと泥棒が逃げてしまいますよ。すると警察官はこう云った。

 今は交通安全週間で忙しいんだ!其れが終わったら行くよ!

 私が不満を言うと、飯場にいるのは分かっているのだ!出ていった人が居たら直ぐ電話してくれ!と云う。今捕まえに行ったら、どれもこれも臑に傷もつ身だから全員逮捕しなければならなくなって仕舞うんだ。

 警察の留置場は一杯で入りきれなくなるし、お宅の方でも作業員が居なくなっては困るでしょう!と云う。尤もな話だ。

 今日の中に手の空いた者を捜索にやりますよ、と云ってくれた。昼過ぎにミニパトの婦警さんが二人、現場事務所に来て、捜索に来ました!と殊の外大声で云った。

 半月ほどして一人が外出したので電話を入れたら、直ぐに逮捕されて金は殆ど戻った。その道その道で大したものだ。




心臓病の娘さん

 山の飯場での夕食時、吉田君は悲しそうな面をして、夕飯後の酒をチビリチビリとやっている。飯場では三度の食事の外に、各人に一日一本のビールが支給される。飯場暮らしの侘びしさを紛らわせるには、ビール一本では足りない。

 二日に一度、鴨川町の酒屋が色々な酒を小型トラックに積んで来て、二日分のビール100本あまりを賄いのおばさんに引き渡し、あとはトラックをウインドウ代わりに飯場住人と現金取引をする。

 酒の肴は豊富だ。山芋・木の実・山菜・茸・蛇・山仕事になれているから、捕らえるのも上手だし調理も上手。山菜や茸の知識も豊富だ。

 まむし・青大将・やまかがしは毎晩のように食べる。蛇の皮や頭が、流しの三角コーナーから溢れて調理台の上に散乱し放題。

 明くる朝、賄いのおばさんが来てカンカン。都会の婦人ならビックリ仰天だが矢張り房総の嫁さんは凄い。別段嫌がる様子はない。蛇は食べたら後かたずけをして置きなさい!油が酷くて困るのよ!

 月に一度、現場視察に来たお偉方が夕食を一緒にして一同と酒を飲む。

 吉田君がチビリチビリと語る。私には今年15歳になる娘が居る。不敏でならぬ。去年まであんなに元気にしていたのに、ほんの短い間にこんなに病気が進行するとは。今のうちに心臓の手術をすれば助かるかも知れぬと、医者から云われている。助からぬかも知れぬが親として出来るだけ子供に手を掛けてやりたい。女房と私と二人で働いて居るんだが、余命の日は迫るし、かと云って金はないし居ても立っても居られないと。

 彼は此処まで云って、黙りこくった。お偉いさん方は誰云うと無く彼に質問を浴びせる。彼は質問の半分ほどを断片的に語る。一体幾ら足りないんだ!後73萬ほどです。

 飯場ではみな同じ所に居るのだから、一ヶ月もすると話題が途切れて仕舞うので、大かれ少なかれ作り話を披露して酒の肴にしている。

 その場には著者を含めて多人数が酒飲み話に聞いては居たが、誰も酒の肴の一品ぐらいにしか聞いては居ない。そもそもお偉いさんの事も含めて総てが酒の肴なのだから盃に水を差す者は居ない。

 お偉いさんは普段でも金を持っているんだなあ!彼らは80萬の金を出し合って、これで足しにしろ!彼は申し訳ないから、要らない要らないの連発。無理矢理にポケットへ押し込んだ。それでも要らないと執拗に抵抗する。

 今なら最終の列車に間に合う。駅まで送っていってやろう。

 それから1ヶ月ほど何事も無かったかの様に過ぎた。

 一人の中学生の女の子がバスを乗り継いで飯場を尋ねて来た。

 吉田の娘ですけど父は居るでしょうか?修学旅行に行くので、母が父に小遣いを貰って来なさいと云うので来たのです。

 お母さんは何しているの?

 母んは海で働いています。

 家は何処?

 鴨川です。

 じゃあ直ぐ近くじゃないの!

 はい、バスで来たんです。

 お姉さん15歳なの?

 そうです。弟が居ます。

 病気の子が居るの?

 皆元気です。

 うちのお父さんには女の人が居て帰ってこないんです!



女たらし君

 山本君は女らしで有る。最初からそう言い切って良いのだろうか?と躊躇したが、矢張りそうだから、そう書いても良いだろう。

 彼を現地に派遣した友人に山本君の行状を話したら、ああ!山の中だから良いかと思ったら、矢張り病気だな!何処の現場へ行っても手当たり次第で困って居るんだ。だけど他に山の中の工事現場へ行ってくれる電工が居ないんだよ、辛抱してくれや!と言う。

 女たらし君は家にも良く電話を掛ける。事務所の電話はただだから余り使うと、事務のおばさんが文句を言う。

 狭い事務所では何を話しているか全部筒抜け。奥さんにも仕事が終わった夕方甘い言葉で!!??その次に幼稚園生の女の子にも、パパ今仕事が終わったところなの、お利口さんにしている?!!と長電話をする。

 事務のおばさんはダンボの耳になる。だが彼は平然と同じ電話機で、どこかの女性に掛け直す。其れも長々と奥さんに云ったと同じ様な甘事??!!

 身近な女性に手を出す話も人知れず広まって、だれ云うと無くスケコマシの異名をとる。だが彼はそんな言葉には何の抵抗感も示さない。だだ黙々と我が道に励む。

 山本君は電工で、主に一次側(電柱から変電所までの高圧電気)の工事に携わっていた。そこは屋外の工事だから道路端と同じで、土木作業に来ている漁師町のおばさんや、半ば営業したゴルフ場のキャデイが疎らに通る。

 それほど好男子でも無いが不男でもない彼は、誰彼の別なく手当たり次第に単なる挨拶の声を掛ける。

 これから先は夕食後の彼の談義に委ねよう。

 先ず、単なる遊びと割り切ること!そうで無いと相手も用心して近づかないし、自分も心残りになる。だから女房子供には何の疚しい事もしていない。ラジオ体操と同じだよ!!

 誰彼の区別無く満遍なく声を掛ける!絞り込んで関心を示すと、相手が用心する。相手が自惚れる。女性同志に競争心を煽り、足を引っ張り合う。これでは警戒して接近してこない。餌を撒くが知らんプリン、無関心を決め込む、スズメ取りと同じだね!

 声を掛けたときの反応で、好き者かどうか直ぐに分かる。でも直ぐには標的を定めない。暫くは平然と満遍なくを続ける。

 あとは長年の勘と経験に基づく研究の成果で、時を見計らって、事務所の電話を使って電話をする。これが重要なんだ!事務所の電話だから誰も警戒心を持たないし、費用節約にも成る。

 何処の事務所でも同じで、若くともおばさんでも、事務所のおばさんはお喋りで、聞いた事を数倍にして事細かに自慢げに話す。それも男性には話すが、女性には絶対に話さない。

 一人の女性とどれ程付き合うか?って、そうだね、5回以上は絶対付きあっては駄目。好奇心のある時だけに止めないと、後はお互いにぼろが出るだけだから。折角なら良い思い出だけを残したいものなあ!

 僕のしていることは、不満を持っている女性に幸福を与える慈善事業だね!だから悪いことをしているとは思わないし、思ってはだめだ!!

 男好きの女はどれ程居るか?って、そうだね、20人に1人だから5パーセントの確率だな。これは長年の経験だから間違いないよ!

 20代の女性はダメだね!自尊心が強いし、何しろ俺も30後半で電工じゃ余り格好も良くないしな。30代と40代だね!それ以上はこっちで断るよ!

 彼は通算4ヶ月ほど、飯場に泊まり込んで工事に携わったが、時折の外泊も欠かさなかった。

 


餌食になった男

 彼は造園会社から派遣された庭師である。

 彼の職務は施行と監督で、現地で調達された父ちゃん母ちゃんと、若い男性数人が手下を努め、総勢20人程を束ねる。40代後半のなかなかの好男子。だが彼が堅物かどうかは分からない。

 造園の仕事はセンスの良さと手際よさが要求され、彼の造園のセンスは仲仲と評判で、ゴルフ場の本社からわざわざ指名されて来たそうだ。

 彼には男前と、男盛りと、センスと、威信とが揃っていたから、現場では羨望の眼差しで見られる要素があった。

 山を削り谷を埋めると、石や樹は嫌と言うほど出る。石はゴロゴロと邪魔成るほど山積みされ、樹は掘り出され、所狭しと並べられて居る。

 ろくでもない石と雑木たが、これが彼の手に掛かると、京都の庭園に化けて仕舞うのだから、誰しも尊敬してしまうのは当然である。

 話は移るが、造園の職方ではなく他の現場に持て余しの女が居た。何を持て余していたか??って。

 夕食後の雑談から推測すると、彼女は40代前半?上の息子は、君津で父親の勤務する会社の宿舎に父親と住んでいる。下の息子は、この春より全寮制の学校に入学した。

 父親は君津の工場で働いていて、24時間稼働だから夜勤も多く、工場で仮眠を取る事が多かった。息子が君津の高校に通う様になって、鴨川から通学するのも大変なので、会社が宿舎を提供して呉れるというので、息子と父親が一緒の宿舎に住むことになった。当然お父さんが鴨川まで帰る回数は少なくなった。当然お母さんは心身共に満たされない。

 下の息子は、全寮制の高校に入った。今迄息子と二人で住んでいたのが、独りぼっちに成って仕舞った。40代前半ではエネルギーが余っている。夜が寂しい。そこで男漁りが始まった。

 かといって誰でも良いと言う訳でも無さそうで、最低限の基準はある。男前であること。地元の者ではないこと。流れ者でないこと。

 そうなると対象は大分絞られて来る。飯場に居る連中は対象外だが、企業から派遣された職員は、個人個人で近くの民宿に分散投宿している。

 何時の日からか造園の監督さん、其の女性と車で出勤するようになった。

 造園会社の社長さんはこう言った!俺は浮気して居ないのに、何故怒鳴り込まれなければ成らないんだ!

 

 


月夜の鎌男

 心を押さえられなく成って仕舞う人が居る。

 誰しも何時でも平穏な心持ちで居るとは限らない。心の中で不穏な事を考えるのは屡々ある。でも其れは心の中だけの事で、それ以上の段階に進むことはない。

 飯場の住人は日々の憂さを晴らす為に、大言壮語嘘誠織りまぜて、ワイワイして、眠りに就く。心の憂さは此の時に総て吐き出され、心の中に残る物はない。

 しこりの殆どは言葉の行き違いで、人と人とのぶつかり合いから出た、奥の深い物ではない。だから後で会話を交わせば直ぐに払拭される。

 だが、このしこりを吐き出さない人が希にいる。

 彼の産地は誰も知らない。飯場での話は当てに成らないから、話しても話さなくとも同じかも知れない。彼が此の飯場に来るには彼なりの理由があるのだろうが、誰も知らない。ただ彼は他の住人と馴染まず、一人でチビリチビリとするタイプで有る。

 うちに隠ってゆくタイプは顔つきを見ていれば判る。始めの中は穏やかに飲んでいるが、段々と険悪な顔つきに成って、遂には爆発寸前の顔となる。

 一人でブチブチ文句を言い出す。これが危ないタイプだ。何しろ鬱憤をアルコールで発酵させて、心底でパンパンに膨らませて仕舞うから、何時かはパーンと弾ける。此の時骨肉まで動員するから思いも依らぬ事となる。

 日中仕事の事で叱りつけた。

 酒が廻るに連れて顔つきが険悪となる。周りの人が瓦斯抜きを試みるが、瓦斯栓がぎっちりで外れない。今夜当たり要注意!

 流れ者の飯場の管理はとても危険で、別棟の仮設に住んで居たが、木刀は常に枕元に置いておき、何時でも手がのばせる様にして、酒に酔って居ては対応出来ないので、ビールはコップ一杯以上は絶対に飲まない事として居る。

 仮設の鍵など脆い物だ。枕元に木刀を置いて、相手の来るのを待つ。直ぐにでも来てくれないと眠くなるので其れが心配だ。

 うとうととした時、鍵の毀れる音。ドアが開いて月明かりに鎌を持った男の姿が映し出される。八墓村のテレビ画面とそっくりだ!

 部屋の中から入り口に立つ彼の姿は、月明かりに照らされてはっきりと見えるが、彼には部屋の中は暗くて見えない。暫し窺う様子。

 やられたらやり返す!これは現実を知らない人の寝言です。やられる前にやる!これが重要。一撃を受けた後ではやり返せないからね!

 間髪を入れず木刀が相手の手首に打ち下ろされる。ギヤーと云う悲鳴。すかさず第二檄を肩に打ち下ろす。これで相手は闘争能力を失った。

 彼が逃げ去った後、安堵感と共に腕に狂いが無かったことにほっとした。昔の事とは言え、多少剣道を学んでいて、今は仕事で筋肉は鍛えられているから、もし手許が狂って、顔面に打ち下ろしていたら、恐らく顔が砕けて居ただろう。もう少しで殺人者に成る所だった。勿論彼の来ることを察知できなければ、鎌で首を斬られて居たろう。そうしたら17回忌だ。

 彼はそのまま飯場から走り去って、近所の農家に助けを求めに行った。真夜中に鎌を持った男が立っていたから驚いて10番通報された。

 飯場でもサイレンの音が聞こえた。明朝事務所の所長から、彼は逮捕された!腕の骨が砕けていたそうだ。警察から聞き取りを要請されるかと思って居たが、何事もなかった。




幽霊にお札

 工事現場の中に墓所が有った。

 去年身重の婦人が死んで葬られたそうだ。此の辺りは土葬だから、完全に腐敗せずに、未だ土饅頭が有ったという。

 土の中はもともと温度が低いし、殊に山の麓の墓地だと、山からの浸透水が地表近くまで滲み出て、適度な水分と、冷たい水で相当期間ミイラ化して腐敗せずに有ると云う。

 だからと云って工事をしない訳には行かない。お金のためには多少の辛抱をする人を探し出す。数人を募って先ず白黒の幕を張り巡らし、外界と遮断する。大きなビニールシートを一面に敷き、僧侶の読経をし、僧侶立ち会いでスコップで一杯ずつ土を掘り起こす。

 土は篩の中に入れ、小さな骨一つでも探しだし骨壷に納める。これまでは普通の墓地改修の仕事だそうだが、去年亡くなった若い嫁さんの躯を掘り出した時は、生きた心地がしなかったそうだ。

 棺桶は半ば腐っていたが、埋葬者は殆ど其の侭の姿で、これを新たに棺に納めると云う。恐ろしくて恐ろしくて逃げ出したい一心だったが、約束した以上逃げる事もできず、最後迄付き合ったそうだ。

 いつもは軽口を叩く彼らも、極端に恐かったと見えて、余り話さない。本当に恐いことは話しただけで恐ろしさがこみ上げてくるらしい。

 酒を飲んで寝ても寝付かれない。一睡もできない。其れも一人だけではない。日毎に人数が増えて、遂には参加しなかった人まで眠れなくなって仕舞った。

 監督さん何とかしてくれ、お札を貰ってきてくれと云う始末。気休めだろう位の気持ちだったが、取りあえず無視もできないので、小湊の誕生寺へ行った。偶々僧侶が居たので、お札を譲って下さい!と云ったら、何にするんだと云うから、これこれ然々と話す。じゃあお払いをしてやろう、と云われて本堂に上がる。坊さんは私に霊が憑いて居るのかと思って、私に懇切丁寧なお払いをして呉れた。

 私は1万円しか持ち合わせていなかったので、お払いに1万円を払ってお札一枚を戴いて帰って来た。20人もいる人に一枚のお札では足りないので、事務所で半紙と硯と筆を調達した。お札を丸写しにして私製のお札を20枚もつくった。

 此のお札はお払いもして有るし、霊験あらたかなお札だから、これを枕元に貼って眠れば、悪霊退散確実だ!と皆に話して、一枚ずつ分け与えた。勿論本物は私の枕元に貼った。

 明くる朝、監督さん有り難う!ぐっすり眠れました!




幽霊トンネル

 久留里から亀山を通って鴨川に至る道路は、道幅も狭くヘアピンカーブ、坂道とトンネルと危険な道路の条件を総て備えていた。

 崖下への転落や衝突はしょっちゅうで、千葉県なのに寒さが厳しく、久留里から亀山、香木原の間は冬の間は宇都宮と同じくらいに寒く、夏は山に遮られた盆地となって蒸し暑さがことに厳しい。

 冬は鴨川は温暖で雪も降らぬが、一山越えた香木原では大雪が降る。山裾の曲がりくねった日陰路は路面が凍り付いてアイスバーンとなる。房州は暖かいと決まっているので、よそから来た人でチエンを用意している者など居ない。

 だから冬の間は殊に事故が多かった。私が香木原に仮宿して居た4年間に近辺で2件の死亡事故を目撃している。

 夏の暑い日、若い男女のツーリングでの事故。東京方面への帰り道。曲がりくねった路で、男の子は通り抜けた。続く女の子は、道路いっぱいに走ってきた大型観光バスの車体の下に滑り込んだ。即死である。

 観光バスは大きいから曲がった路では車体が反対側まで迫り出して、然もスピードを落とさない。

 死に者損である。男の子は彼女の死体にしがみついて離れようとしない。バスの運転手が無理に引き剥がそうとする。無惨このうえない。

 ひき殺しておいて迷惑と言わんばかりの観光バスの運転手。

 つづら折れから急に直線になる。そこで路は急に右に折れる。知らない者はそのままガードレールを突き破って谷底へまっ逆さま。マイクロバスの引き上げ作業の現場を通りかかった。明日通ったら花と線香がいっぱいあげてあった。

 こんな具合だから事故で死んだ人を数えれば限りないほどだ。あそこのトンネルの入り口の所に、夜中に女の人が立っていたんだ!あの曲がり角の所に子供が居たんだ!幽霊話は多い。月に数度、家に帰るのはいつも夜中。幽霊話はいつも聞いているので気味が悪い。

 上司と東京へ向かう途中、社長あそこに白い者が見えて手招きして居るんですけど!俺は見たくないんだ、目を瞑って居るから早く通り過ぎろ!

 

 


ブルドーザーを埋めた男

 ろくでもない男も居るものだ。山の中の工事現場では夕刻に作業が終わると、重機は山から降りてきて、修理工場の前に勢揃いする。工場では明朝までの間に全機を整備して、明日に備える。

 数十トンも有る重機が一台足りない。機械とオペレーターは全部登録して管理しているから、誰が乗って居るどの機械がどうなったかは直ぐに判る。オペレーターを叩き起こす。重機担当の監督を叩き起こす。所長を起こす。

 オペレーターは居るが何号機がない!工場の職務はこれまで。

 作業中に地盤の悪いところにはまりこんで、出よう出ようともがいている中に、亀になってしまった。三台の機械を使って出そうと試みたが駄目だった。誰云うと無く、埋めてしまおう。岩石で埋めてしまった!

 明朝、彼らは何十倍もの手間を掛けて、亀を引きずり出した。

 もともと返済能力のない人は、返済請求に戸惑うことはない。何をしたって命は取られないだろうから、人殺しと泥棒をしない限り安泰安泰!!

 高官が馬鹿馬鹿しいほどの無駄遣いをやり運悪く追求されると、のらりくらりと逃げ回るが、遂に知らぬ存ぜぬで蛙の面。

 自己の財産もあるだろうが、やらかした方が莫大では無いに均しい。文無しと同じ精神状態だ。此処に運悪くと書いたのは、運の悪くない人が沢山いると言う意味だ!殆ど露見するなら誰もやらない。殆ど露見しないから不正が後を絶たないのだ。

 失うモノがなければ、怖くない。命は滅多に取られない。

 


知らぬ間に離婚した男

 山の修理工場には溶接工が二人居る。一人は鴨川の人で身元が知れているが、もう一人は免許証でしか人物確認が出来ない。

 私が雇って居る訳でないから、私には何も分からない。ただ西の方の者だろうと云うくらいだ。関東の働き口には以北の者が多く以西の者を見たことがない。以西だと大阪があるから、大阪より此方には来ない。せいぜい来ても山梨静岡ぐらいで、大井川を越えてくる者は滅多にいない。

 夕食後の飯場の酒飲み話に、うどんと蕎麦の味付けの話題が出てきて、関西は薄味だ、関東は味が濃いケンケンガクガク、関東圏と関西圏の堺はどこか?と云う事となり、大井川辺りが文化の堺らしいと落ちついた。

 そんな話はどうでも良いんだが、九州弁の本間君は何故千葉県の山奥まで来たのか?どうでも良いことだが矢張り気になる。

 かれ本間君は十日ほどの休暇を取って里帰りをした。帰ってきていきなり、俺の帰るところが無くなった!!と云う。

 彼の話によると、家に着いた!と、表札を見るとよその家ではないか。家を間違えたかな?一瞬戸惑ったが、イヤイヤ、此は俺の家だ。とは云っても俺の家ではない。俺は元来競馬が好きで、親父が土地と古家と呉れたのだが、俺の名前に登記すると何時売られるか知れないからと、女房の名前に登記した。


 税金が大変だろう?イヤイヤ、田舎の土地だから坪千円だから百坪でも十万円ほどで、家も古屋だからただみたいな物よ。

 そんな事はとにかくとして、家の周りをウロウロしていたら小学生の子供が居て、確かに俺の子供だ!恐る恐る声を掛けたらキョトンとしてるのよ。どこかの親父が居て、オトーサーンと俺の子供が云うのよ。俺の頭の中が真っ白になった。

 気が付いたときに俺は街の中を歩いていた。一晩中飲み明かした。

 朝役場へ行って戸籍謄本を下げたら、俺は去年女房と離婚して居たんだ。アレ!俺は離婚したんだっけか?!そんな筈無いよ!何がなんだか頭の中が変になってしまった。俺は本当に去年離婚して居たのかな?

 幼なじみに会わないか心配だったけど、役場の人に聞いたら、女房は去年協議離婚して、今年同じ町の人と再婚したんだって!そう云えば俺が家を出るとき腹の中に一人居たから二人か?そうじゃないよ小さいのは双子だから3人連れで、男の方は奥さんと死別で子供一人連れで再婚したんだ。

 だんだん時間が経って、ようやっと物事が分かってきた。俺はポンと家を出てから女の家をあちこち歩いて、遂に棄てられて千葉県まで来てしまったんだ。もう5年近くになるかなあ。一二度電話をしたことがあるけど、女に見つかって止めたんだ。

 昼過ぎに親父の家に行ったら、お袋が居て吃驚してたけど、おまえが音信不通だからいけないんだ。嫁さんは小さいの3人抱えて苦労していたんだぞ!再婚した男は知っているけど、真面目で子供もなついて居るんだ。お前の子供だけど、爺婆の孫でも有るんだ。もうどうにもならない事なんだから、お爺さんの帰って来ないうちに、女の所へ帰りな!と言う訳なんです。ところで私の知らない間に協議離婚できるんですかねえ?家庭裁判所で裁判しないと離婚できないんでしょう。監督さん教えて下さいよ!

 協議離婚は離婚届の書類に、夫婦二人の署名と認印と、立会人の署名と認印が有れば出来るんだよ!見かねている弟にでも頼めば、悪いとは知っていてもニセ親父を演じてくれるんじゃあないかなあ。其れが嘘だ!と云うには、裁判をしなければ成らないから、元に戻すのは実際は不可能じゃないかなあ。結構世の中には、片方が知らないうちに協議離婚して居た話は多いそうだよ。5年も女の所にいて、復縁もないだろうから、諦めることだね!考えてもみなよ。お前の子供を3人も、よその親父か育ててくれるんだから感謝しなくちゃ!

 


不倫駆け落ち君

 日がカンカンと照る夏の暑い日、中村と云う一人の男が山の建設現場事務所に現れた。会計のおばさんは、暖まった麦茶を出しながら事情を聞く。山形で勤め先が倒産して夫婦二人で出稼ぎに来たと。子供は叔母の家に預けて有るそうだ。

 現場見回りに行っていた支配人が戻ってきた。会計のおばさんが事のあらましを話す。二人使って戴けませんか?ウーン其れはどうとも云えないなあ!現場作業員なら臨時の寄せ集めだから私の権限で雇えるけど、賄いは会社で雇って居るんだから。

 支配人は男一人だけ雇うことにした。

 男は鴨川から通うと言う。鴨川から通ってくる人は大勢居るのだから難儀という条件ではない。鴨川に待たせて有る女房に会いに行くと言ってバスの時刻に会わせて帰った。

 明くる朝ラジオ体操の時には中村さんは居た。昨日本人から聞いた範囲で皆に紹介した。昨日はバスを乗り継いで現場事務所に来たが、今日は富山ナンバーのライトバンで来た。今朝礼で聞いたのは確かに山形と聞いていたが、車は富山。でもそんな事を気にする連中ではない。

 こう云う所にいる連中は本当のことは話さないものだが、聞き出し上手もいる。聞き出さなければ気持ちが収まらないと、あの手この手で時間を掛けて聞き出す。

 そして密かに漏らす。数日で周知の事実と成る。プライバシーなど全く無い。だから誰も本当のことは話さない。こんな訳だから聞きだし上手もただ酒を飲まれただけ損なのだが。

 数日して私の耳にも入った。山形のとある町で家族持ちの男女が、総てを棄てて駆け落ちしてきたらしい。双方に子供が居て総勢5人。いま相手の女性は鴨川の旅館で働いているそうで、家族寮をあてがわれたので二人で暮らしているそうだ。

 こんな話も余り当てにはならない。おもしろおかしく酒に釣られての作り話だろうが、何れにしても、まともな人達で無いことだけは確かだ。

 房州でも山越えした地域は、風の影響だろうが殊に寒い。中村さんが来たのは夏の暑い盛りだったが、急に秋風がふく。

 富山ナンバーの車が2台。じいちゃん、兄ちゃん、兄ちゃん、子供が3人、嫁さんの7人が現場事務所に現れた。

 駆け落ち父さんを探しに来たのだ。所長が仕事の指図があるからと山の中に連絡員を出し、来てみたら女房と子供とが迎えに来ていた。駆け落ち君はすんなりと降伏し、帰りは3台の車で他の作業員が山から下りてくる前に帰っていった。

 駆け落ち君の兄貴が1年ほど前から逃げ延び先を捜していて、ようやっと旅館の寮を突き止め、富山に帰ってから一族相談に相談を重ね、皆で迎えに行くこととなったそうだ。

 その時、逃げた女の旦那にも連絡して、両方で迎えに来ようと相談したそうだが、女性の方の旦那は逃げた女房に未練は有りません!子供の面倒に支障がない様に、家の近くの職場に転職したから、子供は俺が育てる、と云って迎えには来なかったそうだ。

 駆け落ち女は富山からずっと離れた他国の地で一人取り残された!!

 


ゴルフを楽しむ

 ゴルフ場工事現場の朝は早い。早いと云っても此処だけ早く太陽が昇る訳ではない。早起きの住人に起こされるからだ。

 住人と言っても人とは限らない。お猿さんは飯場の屋根の上で、朝だ起きろ寝ぼけるな!トタン屋根をガタガタとうるさく叩く。鴉は来る。蛇は枕元でお早う御座います。

 飯場に住む工事人は朝食前の運動に出来上がったコースでゴルフをする。でも一つも面白くない。自慢する相手も居なければ、賭けもしなければ何の刺激もないので、長続きはしない。だからマラソンをする。また飽きてゴルフをする。

 飯場は世人が思う程の無法地帯ではない。厳しく禁止されている訳ではないが、一度も賭事を目にした事が無い。

 工事の進行に合わせて、コースも一面ずつ芝を貼り養生させ、コースが半分程出来ると営業を始める。

 工事をしているすぐ隣でゲームをする。ゲームを楽しんでいる当の本人は、雰囲気に飲み込まれて何も分らないのだろうが、我々工事人には関係無いから、彼らの行動を見ていると実に滑稽だ。

 相手の道具を誉める。自分で道具を誉める。相手の腕を誉める。自分の腕を誉める。社長社長会長会長。ボールが池にはまる。ズボンの侭池に入る。

 たまに下手なのが工事のしている方に球を飛ばす。危ない危ない。ナイスショツトの声が聞こえる。腹が立つ。

 弘法筆を選ばずと云うだろう。道具を選ぶのは、道具で腕をカバーしょうとして居るからじやないか。

 自分で自分のことを誉めたってしょうがないじゃないか、この頃の小学生だってそんなバカな事は云わないぞ。

 ハンデイなんて人をバカにした話は無いぞ。小学生と中学生が野球をするとき、中学生が小学生に、お前らは下手だからと、最初から30点くれるのと同じ事だ。

 オベンチャラを云うなんて、これ程人をバカにした話はないんだぞ。云う方も卑屈だが、云われて腹の立たぬのもどうかしている。

 イケポチャにズボンで飛び込むなんて馬鹿げたことはよせ。お袋が泣くぞ。うちの息子をこんな自尊心の無い男に育てた覚えはないと。

 9ホールを回ると丁度食堂の入り口の所に到着する。いや到着する様に作られている。紳士淑女の皆さん、食堂のテーブルで掛け金の清算に忙しいですね!