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霊石の沿革

 この霊石は都内の我が家に祀られていましたが、諸々の事情によりこの地に祀られる事となりました。

 この地は北と西に山を背負い、南に平野、東に湖水と、風水でも最も好き地の利とされる所です。

 我が家の両親は二人とも病弱だったので家は貧しく、姉と弟は近くの工場で働いていました。姉さんは、体と心の疲れを癒すため、近くの河原で独り噎び泣き、石に凭れてうたた寝することもありました。

 姉さんの夢路に、突如として目の前の石が輝きだし「わたしを持ち帰って念じなさい!」と言うお告げがありました。

 河原の石は八百屋のリヤカーで、長屋の軒先に運ばれ、初めは姉さん、次第に弟妹が思い思いに念じるようになりました。

 若い頃から病弱だった両親の病気が、薄紙を剥ぐように快復し、一年あまりで二人とも健康に成りました。この時初めて家族全員が「この石には霊験が有る!」と確信しました。

 両親の健康にも恵まれ、更にその後も一家には次々と幸運が訪れ、霊石も長屋の軒先から瀟洒な玄関先の軒下に祀られる様になりました。

 霊石は家族の公然の秘密でしたが、此を聞きつけた方々が時々訪れるようになりました。

 霊験は私ども一族に限ってのことと思っておりましたが、念じる人も事柄も選ばないと言う事実をこのとき初めて知りました。

 事業や家庭の事、病気や子供の非行、さては競輪や競馬まで、・・・・・にお告げが有った!と言うのです。

 こんなにもお世話になった霊石に別れを告げなければ成らない時が来て仕舞いました。

 地主さんにお願いし、この地に祀って戴くこととなりました。

 末永く皆様方に幸福をもたらす事を祈念いたします。

 我が家に有る間は霊石の名称は必要有りませんが、廣く皆様方に福をもたらすには、名称が必要ですので僭越ながら銘々させていただきます。佐藤真嗣

さい ふく  めおと  いし
齎福夫婦石
福をもたらす夫婦石